好きな自分、嫌いな自分

自分が好き、自分が嫌い。この二つの思いを持って人間は生きてゆく。問題はどれぐらい自分が好き、どれぐらい自分が嫌い。人間は自分の弱点を気づくと「これは嫌い」だと思う時は多い。強い人はその弱点に向かって強さにするまで頑張る。ただしそれを自分のだめなところの一つに見えて自分自身を嫌になる場合も残念ながら多い。それでも弱点を持つのはそんな悪いことではない。あくまで人間は「死ねる」弱点を永遠に持っている。だから私達人間は何を思えばいい?

知覚

アメリカでは有名なことわざ「If you only have a hammer everything looks like a nail (ハマーしか持ってない人は全てをくぎに見える)」の意味は知覚について話。自分をだめだと思う人は自分の行動もだめだと思えてしまう。そしてやる気も随分落ちてしまう。どんな小さいミスでも全部をだめだと思ってしまう。しかし、人間は生まれた時から完璧な生き物ではない。必ず失敗する。歩き始める時は失敗する。学校の時も失敗する。しかしその失敗は経験となる。だから人間は失敗しても頑張るべきだ。ただし、どこまで頑張ればいいのも問題。

自分に相応しい

人間はいつも「自分に相応しい」ことを探している。学校で色んな分野を味わったり、色んなゲームをやったり、こうして自分に相応しいことを探してゆく。ただし、この世界は広くて寿命もそんなに長くはない。この世界の全てを味わってみたらきりがない。だから何をしてもうまくならない時、自分がだめだと思わなくて、それは本当に自分に相応しいことかどうかを考えるべきだ。例え私は日本語を勉強するのが好き。最初はそれがわからなかった。で、絵描きや他の趣味を色々やってみた。でも気づいたら日本語勉強以外はあんまり進んでなかった。あの時、私は日本語勉強が自分に相応しいことだと気づいていた。時間とエネルギーを絵描きに費やしたらうまくなるかもしれないけど、自分に相応しい日本語勉強はどうなる?ただし、大変頑張ってうまくなることは自分に相応しくない時もある。

変化に適応する

この世界はいつも変わっている。悪いように、いいように、いつも変わっている。この変化のある世界では自分に相応しいことも変われる。自分に相応しいことが急につまらなくなって、別のことが面白くなる時、それは自分に相応しいことは変わっていると言う意味。それは今までは無意味のことではない。むしろ今までのことが無かったらこの新しい自分に相応しいことを気づかない。

だから人間は諦めず自分に相応しいことで一生懸命頑張って、この変化のある世界に適応するように生きて続くべきだ。

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