ロボット社会

皆さんお久しぶりです。オンテリアと申します。ブログはあんまり更新してないが、今日はどうしても伝いたいことがありました。初めて日本に旅行した時は何年前の話でしょうか。日本に第一歩を記したのは大学で日本語の勉強を始めた頃です。その時の感動はもう言葉になりません。ただし、なぜか落ち着けないことがありました。電車を乗る時にスーツを着て無表情サラリーマンや制服の姿で周りを気にせず席でじっとしていた学生が沢山いました。これはこの「ロボット社会」を気付いた瞬間でした。

ロボット社会と言うのはどんなことなんでしょうか。その質問に答える前に「人間」の意味をじっくり考える必要があります。人間と他の生き物の違うところはなんでしょうか。様々な言動で深い感情を伝えるのは人間であることです。悲しいだから人間、嬉しいだから人間、このような感情を持ちこたえることで人間は生きて続きます。だとしたらよいのですが。私達はそれを認めないロボット社会に囲まれています。

生まれた時から人間は正しい感情や考え方を教えられていて、たまに命令されています。学校に通って、一流大学を卒業して、高賃金の仕事を手に入るのが基準の生き方です。この基準から外れた者は軽蔑されてしまいます。自分の存在がいけないと思ってしまうぐらい軽蔑されてしまいます。そう、ロボットのように言うことを聞かない人はがらくたの存在です。人間として生きているのにただのがらくたです。こんなのがおかしいです。

でもここで終わりません。私はツイッターをやっていて、タイムラインにコスやメイクを楽しむ男性の方が沢山います。彼らにとってこれはとても幸せな時間です。なんの損傷を与えないのにこれは「気持ち悪い」や「いけない」のような人を傷つける言葉で社会がこの行動を不適切であると批判しています。他の社会集団もそうですね。オタクやニートなど。人間らしく幸せな気持ちを感じているのにそれはいけないと言うのですか。これは認められません。

そして最後に愛のことです。「早く彼女出来て」や「早く結婚しなさい」みたいなプレッシャがよくあります。ただし、そのプレッシャから人が期待している愛は生まれるでしょうか。正直、生まれないと思います。もちろん正しい愛は男と女じゃないといけませんね。そう、愛は個人的で特別な気持ちなのに基準じゃないとだめですよ。このような社会が決める愛はただの幻想です。私達は人間だから自分に相応しい愛を決めるべきです。私達はロボットじゃないから自分に相応しい愛を決めるべきです。

だから私達人間はこのロボット社会を捨てて人間らしく生きて続くといいです。

This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s